2008.10.27 借りた本
確かこの本を借りたのは3年前。
埃被った小さめの黒い本棚。ずらりと並ぶ背表紙はどれも不揃いで、ほとんどが読みかけだ。
正直、読書は好きじゃない。文字の羅列を見るだけでうんざりする。だから、読もう読もうと思いながらもここで埃を被って本来の用途を果たしていない本がほとんどだ。
これなら読みやすいから、と誰かが貸してくれた短編小説だって、いつかと決心していたのに結局ページを捲ることすらしなかった。
(いつ、かりたっけ)
ふ、と掠めた疑問を少しずつ手繰り寄せる。
確か―――
高校のとき想いを寄せていた同級生に借りたんだ。
そのあと自分はすぐに社会に出た。しかし彼女は大学へと進んでいった。
いまはどうしているだろうか。
結局何もいえずに別々の道へと歩んできてしまった。
あれから一度だって会ってない。
(読んでみようか)
赤い背表紙に手を出す。
指先で引き出した。軽く埃を払う、ゆっくりと本を開く、文字を辿る。
(これなら読めるかも知れない)
数ページ進めたところで一枚の紙切れがかさり、落ちた。
拾い上げれば懐かしい文字。彼女の字だ。
『9時、学校の屋上で待ってます』
まさか、と今更の考えが浮かぶ。
あの時に気づいていれば、と都合のいい考えは少しの後悔を滲ませる。
でも、もうどうしようもないのだから。
そう思いながらまた小説の続きを辿る。
あんなに読書嫌いだった自分が、黙々と、休むことなく文字を辿る、ページを捲る。
だんだんと青ざめながら。
主人公は高校生の少女で、ある日友達が自殺してしまう。そして少女は自殺の理由を探る。
そして、あまりにも残酷な事実を知ってしまうのだ。
彼女には子供が出来ていた。相手が誰かは決して話そうとせず、かたくなに一人で育てると言っていたそうだ。しかし数日後、駅の階段で転落し命は、流れた。
少女は、誰かに押されたと泣き叫んでいた彼女を知っている。
そして憤った。
彼女の苦しみに気づけなかった自分に、
恐らく彼女を後ろから押した犯人、流れてしまった子供の父親に。
そして少女は決意する。
彼女は年上の彼と付き合っているといっていた。
学校も名前も知っている。
彼を、殺そうと。
―――確かこの本を借りたのは3年前。
本当に彼女は親切心でかしてくれたのだろうか。
『これなら読みやすいから』
そう手渡してくれたあの日の彼女は、笑っていただろうか。
まだ、この本には続きがある。
少女は男に近づく。機会を探る。
チャンスはあったはずだ。同様に少しのためらいが少女にはあった。
まるで自分のように彼女は後回しにしてきたのだ。
殺そう殺そうと思いながらも結局手を下せずに……
(たったの3年で殺意を忘れる事ができるだろうか)
ピンポーン
高いチャイムの音が響いた。
「郵便です」
帽子を深くかぶった郵便屋が言う。
すぐにドアを開けに向かう。
(自分はどうしてあの本を読んだんだっけ)
ドアを開ける。
「久しぶり」
懐かしい笑顔。
―――殺そうか
―――今なら殺せるかもしれない
(確かこの本を借りたのは3年前)
鈍く光るナイフが視界を掠めた。
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