fc2ブログ
紅い徒花

2008.03.05 メール

「私ね、携帯電話なんてものは無ければいいと思ってたの」
言葉を紡ぐ彼女になんでとさして疑問になど感じてもいないのに私は尋ねる。
真っ白なこの部屋で、私と彼女しかいないこの部屋で、二人分の声が空気に溶けた。
「だって、全てほかのもので代用できるのよ。
メールじゃなくて手紙で、電話じゃなくて直接、伝える方法があるのに。どうして皆あんなものに頼るんだろうって思ってたの」
彼女はそこで嬉しそうに顔を綻ばせた。
傍らに置いてあったシンプルな携帯電話を手に取ると、優しく包み込んだ。
「でも違ったわ。ほら見て」
ずいと目の前に液晶画面が差し出され、なにをと返すと、いいからいいからと幾つものメールを見せてきたのだ。
「手紙なら独特の暖かさが伝わるけれど、メールなんかじゃ誰が書いたって同じだと同じだと決め付けてたんだけどね」
今度は恥ずかしそうに笑った。

みんな、みんな、全然違うのよ。

「貴方のメールは、すごく丁寧で読みやすいわ、美加のは絵文字ばっかりで読むのがたいへん、皐月のはむずかしい漢字ばっかりで読み難いわ、あとは―――」
捲くし立てるように、でもすごく嬉しそうに彼女は意気揚々と話し続けた。
私は、うんざりしつつも結局、また最後まで聞いてしまうのだ。
いつも彼女は無邪気な笑顔を向けてくるから、何もいえなくなる。誰があの子に真実を告げられるものか。

私は立ち上がり彼女にむけて微笑みを作る。
「またね」
「うん、またね」
彼女も私に向けて微笑みを。
それは無邪気で純粋な微笑み。



病院を出て、深く息を吐いて歩き出す。
「メールなんて一度も出してないのに」




送信者も受信者も同じメールはいつまで増えるのか。



スポンサーサイト





[小説]


カテゴリ : このサイトについて  小説 日記 未分類 一行 ランキング 
admin*
designed by